【加東古は語る #017】銅像・モニュメント編 VOL.7

その昔、この地は「針磨鴨国(はりまかものくに)」と呼ばれていました。

奈良時代、大化の改新後、播磨国賀毛郡(賀茂郡)が賀西郡、賀東郡に分かれ、やがて、加東郡から小野町が市制施行し離脱。社町、滝野町、東条町が合併し加東市が生まれました。

そして、令和8年3月20日に加東市は誕生20年の節目を迎えました。

市内に点在する銅像やモニュメント。

特定の人物や出来事を後世に伝え、記憶に留めるための「記念碑」としての役割が大きいようです。

しかし、流れゆく歳月の中で人の記憶も薄れてしまい、「あの銅像は誰?」「あのモニュメントは何のため?」となってしまうことが多くあります。

加東市誕生20周年にちなみ、市内にある銅像、モニュメントを探してみました。


【姉妹都市提携】

社町、滝野町、東条町が合併する以前の昭和55年(1980年)、社町は町制25周年を迎えていました。
記念事業として姉妹都市提携の機運が高まり、国際姉妹都市提携準備委員会が発足。兵庫県から県の姉妹州であるアメリカ合衆国ワシントン州の州都オリンピア市が推薦されました。
そして、翌年の昭和56年(1981年)4月22日に社町都市親善委員会一行は、ワシントン州オリンピア市に赴き、姉妹都市の正式調印を行いました(英文による協定書)。

スペルマン州知事を訪問し坂井兵庫県知事からの親書を手渡す石古社町長
スペルマン州知事を訪問し坂井兵庫県知事の親書を手渡す石古町長
(昭和56年5月10日発行広報やしろ)

 

翌、昭和57年(1982年)5月4日、オリンピア市の市長以下使節団を招いて、社町立体育館で調印式が行われました(和文による協定書)。

調印式
姉妹都市協定書に調印する石古町長とワトソン市長
(昭和57年5月10日発行広報やしろ)

 

オリンピア市はアメリカ合衆国の西海岸、太平洋に面しワシントン州シアトル市の南約100キロメートルに位置する州都です。サケの遡上が見られるピュージェット湾の水と緑と、美しいドーム型の州政庁が調和する落ち着いた街です。
そもそもギリシアにあるオリンポス山に似た山がオリンピア市の北にあることから「オリンピア」という市名が付いたと言われています。

協定書
昭和56年オリンピア市で調印された英文の協定書(右)と
昭和57年社町で調印された和文の協定書。
いずれもやしろ国際学習塾で展示されています。

【オリンピア通り】

社町とオリンピア市は、交換留学生事業、教育行政視察団の派遣、親善使節団の相互訪問など活発な交流を深め、姉妹都市提携の5周年にあたる昭和61年(1986年)にオリンピア市からの親善使節団訪問にあわせ、「町道東条道・庁舎前線」を「オリンピア通り」と命名しました。

オリンピア通り
石古町長からオリンピア市へ記念のレプリカが贈られました。
(昭和61年10月1日発行広報やしろ)

 

オリンピア通りは現在の市役所とJAみのりの間、幅員13メートル、延長479メートルの市道です。


【踊る女】

社町とアメリカ合衆国ワシントン州オリンピア市との姉妹都市提携5周年を記念して命名されたオリンピア通りにモニュメント「踊る女」が完成。昭和62年(1987年)10月10日にオリンピア市のバーバラ・ソムテさんを招き、記念の除幕式が行われました。

踊る女除幕式
「踊る女」除幕式(昭和62年11月1日広報やしろ)


 

このモニュメントは、石川県金沢市の服部鉱業株式会社岡元郁夫社長の寄贈によるもので、兵庫教育大学の辻弘教授が制作。エアロビクスをする現代的な女性を表しており、古代ギリシアのオリンピアから名付けられたオリンピア市との友好にふさわしい記念像となっています。

服部鉱業㈱は昭和5年(1930年)創業。鉱山開発を中心に事業が始まり、陶磁器や建材などに使われる粘土鉱物を採掘、加工、販売している会社です。
昭和36年(1961年)平木地区に鉱山を開き、耐火レンガや土鍋などのほか自動車や家電などを作る過程でなくてはならない材料である「ろう石」を年間5万トン以上採掘しています。
現在、ハットリ株式会社平木事業所として日本でも有数の企業に発展しました。



【舟旅】

終戦後の昭和22年(1947年)、社地域の町や村に5つの農協ができました。そして、昭和30年には町村合併により新社町が誕生したのをきっかけに農協の合併推進が流れとなり、昭和42年に社町農業協同組合が生まれました。
その後、昭和62年(1987年)に合併20周年記念事業として設置されたモニュメントが「舟旅」です。

舟旅1
モニュメント「舟旅」とJAみのりの本店(茶色の建物)

 

昭和63年(1988年)10月19日に除幕式が行われました。

広報オリンピア通りに舟旅
昭和63年11月1日発行広報やしろ

 

舟旅は、ブロンズ製で高さ60センチの赤御影の台座にジーパン姿の女性がデッキに寄りかかっている姿を表しています。
像の高さは1.7メートル。製作者は富山県黒部市在住の日展会員浦山一雄さんです。

舟旅2
舟旅3
 

製作者の浦山一雄さんは昭和8年(1933年)生まれ。
「上半身裸でジーンズをはいた健康的な若い女性が髪をなびかせ、さっそうと」こんなブロンズ像で知られる彫刻家です。
元々油絵志望でしたが大学に入って変更し、現在の道に進んだそうです。昭和32年に日展に初入選。昭和37年に特選。昭和63年に文部大臣賞を受賞しました。

舟旅4
舟旅5
 

平成元年(1989年)、社町農協は滝野町農協と合併し加東郡農協に。その後、平成5年(1993年)に東条町農協とも合併、そして平成12年(2000年)にみのり農協が誕生し現在に至ります。加東市誕生は、その6年後の平成18年(2006年)でした。

舟旅6
加東市役所とJAみのり本店を望むモニュメント「舟旅」

 

市内の銅像やモニュメントは、設置された当時の人々や制作者、寄付者などの思いを大切にしながら、平和なまちの未来や躍進への願いが込められています。市民の皆さんに親しまれるパブリックアートとして、また、市の象徴や風景の一つとして、末長く愛されることを祈ります。

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