その昔、この地は「針磨鴨国(はりまかものくに)」と呼ばれていました。
奈良時代、大化の改新後、播磨国賀毛郡(賀茂郡)が賀西郡、賀東郡に分かれ、やがて、加東郡から小野町が市制施行し離脱。社町、滝野町、東条町が合併し加東市が生まれました。
そして、令和8年3月20日に加東市は誕生20年の節目を迎えました。
市内に点在する銅像やモニュメント。
特定の人物や出来事を後世に伝え、記憶に留めるための「記念碑」としての役割が大きいようです。
しかし、流れゆく歳月の中で人の記憶も薄れてしまい、「あの銅像は誰?」「あのモニュメントは何のため?」となってしまうことが多くあります。
加東市誕生20周年にちなみ、市内にある銅像、モニュメントを探してみました。
【三角公園】
「はりちゅう」で親しまれている兵庫県立播磨中央公園がオープンしたのが今から48年前の昭和53年(1978年)のことでした。

播磨中央公園は昭和53年にまず、野外ステージ、芝生広場など30.0haが開園しました。
その後、昭和58年4月にサイクルランド、昭和63年9月にバラ園、そして令和5年に全長7.2kmのサイクリングコースがオープンし、総面積181.7haとなりました。

この播磨中央公園の玄関口として加東市下滝野の国道175号(現 県道17号西脇三田線)に作られたのが「三角公園」です。
「播磨中央公園口交差点」で県道145号下滝野市川線に接続します。ちょうど形が南北二つの三角形になっています。

三角公園には時報オルゴール付きのモニュメントと、南側には町章をかたどった花壇が作られました。

【花の天女】
昭和29年(1954年)に滝野町と加茂村が合併して40周年になる平成6年(1994年)に三角公園がリニューアルされ、北側にはステンレス製のモニュメント、南側には御影石製の彫刻「花の天女」が完成し3月31日に除幕されました。


三角公園の北側の新たなモニュメントは高さ10メートルの円水形で「夢をのせて」と名付けられています。
「五峰山の樹木」を見立てたグリーンと「闘竜灘の水の流れ」を表したブルーに塗り分けられた二枚のステンレス板からなり、朝、昼、夕にはメロディが流れ、夜にはライトアップされます。


三角公園の南側には、エンジ色のコンクリート製ブロックが敷きつめられ、歩道の中央では童女が花束を抱き、やさしくほほえんでいます。高さ1.5メートルの御影石製彫刻「花の天女」が設置されています。


「花の天女」の作者は岩手県出身の北田吉正さんです。特に金属や石を素材にした作品で知られています。題材は動物、子ども、植物、花が中心で、ほのぼのとしたあたたかい作風が多いようです。日本国内外で展示されることが多く、その彫刻の一部は公共の場にも設置されており、パブリックアートとして親しまれています。



設置された当時の人々や制作者、寄付者などの思いを大切にしながら、まちの将来や平和への願いを込めて――。
市内の銅像やモニュメントが、市民の皆さんに親しまれるパブリックアートとして、また、市の象徴や風景の一つとして、末長く愛されることを祈ります。
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