その昔、この地は「針磨鴨国(はりまかものくに)」と呼ばれていました。
奈良時代、大化の改新後、播磨国賀毛郡(賀茂郡)が賀西郡、賀東郡に分かれ、やがて、加東郡から小野町が市制施行し離脱。社町、滝野町、東条町が合併し加東市が生まれました。
そして、令和8年3月20日に加東市は誕生20年の節目を迎えました。
市内に点在する銅像やモニュメント。
特定の人物や出来事を後世に伝え、記憶に留めるための「記念碑」としての役割が大きいようです。
しかし、流れゆく歳月の中で人の記憶も薄れてしまい、「あの銅像は誰?」「あのモニュメントは何のため?」となってしまうことが多くあります。
加東市誕生20周年にちなみ、市内にある銅像、モニュメントを探してみました。
森尾の交差点。
東条川に架けられた永久橋は県道小野藍本線と市道森森尾線を結びます。

この永久橋が架けられたのが今から46年前の昭和55年でした。

昭和55年10月10日発行「広報とうじょう」より
寒風の吹く2月22日、地元の園児らが両手の小旗を振って渡り初めを行いました。

また、永久橋の建設と同時に、橋のたもとにミニ公園が作られ、4月30日にブロンズ像の除幕式がおこなわれました。

【緑風】
銘板には、「緑風」「廣嶋照道 作」「永遠に羽ばたかん みどり生う東条」「昭和55年4月建立」「兵庫県」「東条町」と刻まれています。

作者は廣嶋 照道(ひろしま しょうどう)さん。
1931年、兵庫県に生まれ、全国の駅前や広場、道路などの公共的な空間に作品を提供するパブリックアートの第一人者です。
「人工的空間がどんどん広がりつつある現代にあって、私たちはふと出会った街角の彫刻との対話に楽しさや心の安らぎを覚えるものです。」と言われています。


水着を着た少女が、左手を空高く上げ、綠の風を体いっぱい受け止めているようです。



設置された当時の人々や制作者、寄付者などの思いを大切にしながら、まちの将来や平和への願いを込めて――。
市内の銅像やモニュメントが、市民の皆さんに親しまれるパブリックアートとして、また、市の象徴や風景の一つとして、末長く愛されることを祈ります。
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