その昔、この地は「針磨鴨国(はりまかものくに)」と呼ばれていました。
奈良時代、大化の改新後、播磨国賀毛郡(賀茂郡)が賀西郡、賀東郡に分かれ、やがて、加東郡から小野町が市制施行し離脱。社町、滝野町、東条町が合併し加東市が生まれました。
そして、令和8年3月20日に加東市は誕生20年の節目を迎えました。

市内に点在する銅像やモニュメント。
特定の人物や出来事を後世に伝え、記憶に留めるための「記念碑」としての役割が大きいようです。
しかし、流れゆく歳月の中で人の記憶も薄れてしまい、「あの銅像は誰?」「あのモニュメントは何のため?」となってしまうことが多くあります。
加東市誕生20周年にちなみ、市内にある銅像、モニュメントを探してみました。
【風】

加東市民病院の東隣にある家原健民公園。
ここに像が1体あります。
この公園は昭和61年に完成したもので、広さは3千平方メートルあります。今は一部駐車場として使われています。

高さ1.2メートルの自然石の上に女性が清らかな風を胸いっぱいに受け、天を仰いでいる姿を表現したもので、像の高さは1.65メートル。銘板には「風」と制作者の名前が刻まれています。昭和62年に建立されました。

制作者は社町上中の彫刻家、須川常美さんで、昔、中国自動車道滝野社インター付近にあった「ナイル書店」のオーナーでした。

ナイル書店にあったラクダを記憶されている人も多いのではないでしょうか。あのラクダの彫刻も須川さんが制作したものです。
久しぶりに滝野社インターを降りてラクダを見た時、「ふるさとに帰ってきた」と思った人も多くいたらしい。ランドマーク的なものでした。


家原健民公園は地域住民や病院患者らの憩いの場として活用されており、記念のモニュメント設置が望まれていました。
加東市家原に本社を置く株式会社大西コルク工業所の二代目社長大西五一氏から、寄贈の申出があり、モニュメント建立が実現しました。

株式会社大西コルク工業所は、1928年(昭和3年)4月に創業、もうすぐ100周年を迎えるトップ企業です。



市内の銅像やモニュメントは、設置された当時の人々や制作者、寄付者などの思いを大切にしながら、まちの将来や平和な願いを込めて、市民の皆さんに親しまれるパブリックアートとして、また、市の象徴や風景の一つとして、末長く愛されることを祈ります。

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