かとうトリビューンがお届けする【世界に一つ!加東遺産】シリーズも、第8回となりました。
2024年シリーズラストとなる今回は、清水寺と巡礼をテーマにお届けします。
【播州清水寺】
清水寺と聞くと京都の(音羽山)清水寺を思い浮かべる方が多いと思いますが、加東市には(御嶽山)清水寺があります。区別するために、加東市の清水寺を「播州清水寺」と呼んでいます。
歴史的には播州清水寺のほうが古いと言われています。
お寺は、播磨の北東部、播磨・摂津・丹波の三国の国境に位置する標高約542mの御嶽山に築かれた天台宗の寺院です。天気の良い日は遠く明石海峡大橋が望めます。
寺伝によれば、開想は法道仙人で、北播磨・東播磨に広く伝承されている法道仙人の最古の記録が残されています。
播州清水寺は西国三十三ケ所観音霊場の二十五番札所で、一年中巡礼者などで賑わっています。特に国道372号は、古くは「丹波道」として巡礼の道となっており、播州清水寺→法華山一乗寺(加西市)→書写山圓教寺(姫路市)と続いています。
日本遺産に登録

日本遺産とは地域の活性化を目的として、文化庁が認定した日本の文化・伝統のストーリーを語る有形・無形の文化財です。
令和元年「1300年つづく⽇本の終活の旅〜⻄国三⼗三所観⾳巡礼〜」がこの⽇本遺産に認定されました。
平安時代後期に書かれた「今昔物語」には、「播磨国の東北に霊験あらたかな霊峰がある……」として紹介されています。
今昔物語 巻17第7話 依地蔵菩薩教始播磨国清水寺語 第七

今は昔、近江国志賀郡に崇福寺という寺がありました。蔵明という僧が住んでいました。この僧は、慈悲忍辱で、広い施しの心を持っていました。
しかし、貯えがまったくなく、とても貧しい暮らしをしていました。
深い施しの心があっても、貯えがなかったので、思うままにならないことも多くありました。ただ、地蔵の名号を念ずるほか、できることもなかったのです。世の人は蔵明を「地蔵聖」と呼びました。
ある日、蔵明の夢に現れる人があり、告げました。
「すみやかに播磨の国に行け。国の東北に、深い山がある。その山の頂に勝地(霊験ある優れた地)があるから、そこに行って住むとよい」
蔵明は、夢のお告げのとおり、播磨国に行き、勝地に庵室をつくり、居住しました。数年間、そこで勤め暮らしていましたが、国の人はそれを知りませんでした。
ある日、蔵明の夢に小僧があらわれました。とても美しい人でした。左手に宝珠をもって、蔵明のほうに歩いてきます。
「今生おまえが貧しいのは、宿業が拙いせいだ。しかし、おまえは熱心に私を念じた。私はおまえにこの宝珠を与えよう。
これをもっていれば、おまえの施しの心は遂げられるだろう」
蔵明は夢で思いました。
「私の本尊、地蔵が来てくれた」
地にひざまずき、涙ながらに宝珠を受け取ったところで、目が覚めました。

目覚めて、涙を流して喜びました。その後、いよいよ発心して地蔵菩薩を念じました。
これが諸の人の知るところとなり、蔵明にはいつか、多くの弟子ができました。かつて房には蔵明ひとりしかいませんでしたが、やがて多くの人でにぎわいました。
ついに堂をつくり、等身大の地蔵菩薩像を安置するようになりました。その寺の名を「清水寺」としました。
その後、この寺の霊験あらたかで、優れたご利益があったので、多くの人がやってきました。国のさまざまな人、いろいろな身分の男女が、首を低くして雲のように参り集りました。さまざまな貢ぎ物も山に満ち、置くところがないほどでした。
蔵明はもともと深い施しの心を持っている人ですから、人々に乞われて多くを与えました。地蔵菩薩の利生方便(人々を活かす方策)です。
その清水寺のご利益はあらたかで、いまも諸国の多くの人たちが詣でるところとなっています。
蔵明の地蔵信仰は、大講堂のご本尊である十一面千手観音像の脇侍が毘沙門天と地蔵菩薩(普通は不動明王)となっていることからもうかがえます。
文化財

清水寺へは、現在、車で登山道を走ることができますが、この道路は昭和50年(1975年)に防災道路として整備されたものです。それ以前は「五谷五道」と呼ばれた参詣道がありました。
摂津の中山寺から巡礼する本坂、丹波道からの西坂をはじめ、中坂、丹波坂、久米坂と呼ばれる参道です。市内一円には参詣を助ける道標が80基あまり点在しており、いかに多くの人々が巡礼に訪れていたかを物語っています。
車で登山道を登ると、駐車場の奥に鮮やかな仁王門が姿を現します。ここからが清水寺の境内です。
播州清水寺の中心は根本中堂で、西国二十五番札所の大講堂とで構成されています。建築物は、大正2年の大火でほぼ焼失してしまいました。現在の建築物は、「関西建築界の父」とも言われる武田五一博士の設計により再建され、国登録有形文化財(根本中堂、大講堂、鐘楼、本坊・客殿)となっています。
仁王門
かつて、立派な楼門があったのですが、昭和40年の台風で倒壊し、現在は深い木々の中に12個の礎石のみが残されています。
その後、昭和55年12月に現在地に再建されました。設計・保存に関する指導は神戸大学元副学長多淵敏樹教授によります。建設後10年間は木地のままにしておき、その後、丹塗りをする方法が最良との指導を受け、平成3年8月から12月にかけて、漆下地に朱を塗った本格的な彩色法がとられました。
金剛力士像は、大正10年、岡倉天心に師事した奈良の仏師、菅原大三郎氏の遺作です。後に、昭和53年大三郎氏子息、東京芸大・菅原安男名誉教授により修復されました。
根本中堂


推古天皇勅願所として、推古35年(627年)に創建されました。本尊は十一面観音で開山法道仙人の一刀三礼の秘仏です。大正2年炎上の際、自ら逃避。大正6年(1917年)に再建されました。ここ、清水寺の根本中堂も延暦寺の様式と同じように、内陣は外陣より約1.1m低く、石畳の床となっています。
大講堂

聖武天皇の勅願所として、神亀2年(725年)に創建されました。日本遺産西国三十三ヶ所観音霊場第二十五番の札所として多くの人々から親しまれている大講堂は、大正2年焼失。大正6年(1917年)7月に再建されたものです。その後、台風の災害に遭い一時はトタン葺きの屋根でしたが昭和56年頃に現在の本瓦葺となりました。宝形の大屋根は、詣でる人々をゆったりと包みこむように思われます。
鐘楼

大正9年(1920年)に再建、加東郡内(加東市、小野市)でも数少ない本格的な楼造の鐘楼です。梵鐘も同時期に(境内で)鋳造されました。意匠は故武田博士。銘は吉田天台座主。素晴らしい音が鳴り響きます。
薬師堂


創建は平清盛の継母にあたる池禅尼によるものですが、当堂は昭和59年11月3日に再建落慶されたものです。堂内には木造薬師如来坐像が安置され、薬師如来の眷属(けんぞく)の十二神将は、平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターで有名となった「せんとくん」の作者である東京芸大籔内佐斗司教授の製作です。
地蔵堂


今昔物語集にあるように、本山は当初地蔵信仰の聖地でした。その伝承を受けて、昭和57年11月3日に再建されました。設計は神戸大学元副学長多淵敏樹教授、本尊は昭和12年、東京美術学校(現東京芸大)菅原安男名誉教授によって制作されました。
地蔵尊がみどり児を抱いた像容に造られ、子安地蔵の形となっています。
大塔跡(多宝塔跡)


現在、再建予定の大塔(多宝塔)は、平清盛の武運長久(ぶうんちょうきゅう)を祈願して、聖母である祇園御女の発願によって保元2年(1157年)に建立されたと伝え、度重なる焼失後も再建されてきました。
大正の大火後、大正12年(1923年)にも再建されましたが、昭和40年(1965年)9月10日の台風23号で大被害を受け、さらに追い打ちをかけるかのように、昭和48年の夏、落雷が最後の止めを刺し、無残な姿となってしまいました。昭和50年(1975年)夏に解体整理されました。
ちなみに大塔とは、通常の多宝塔が三間四方であるのに対して、大塔は五間四方になっているものを言います。現存する大塔には、和歌山県の根来寺と、高野山金剛峯寺の2基を上げることができます。この大塔が残っていれば、日本三大塔の一つとして有名になっていたことでしょう。
常夜堂は後白河法皇により、また阿弥陀堂は源頼朝により建立されたと言われています。
滾浄水(こんじょうすい)”おかげの井戸”


開山法道仙人が、水神に祈って湧水した霊泉。「清水寺」と称される由緒の地。
この井戸をのぞきこんで自分の顔を写したら「寿命が三年延びる」と言い伝えられています。根本中堂左裏にあります。
境内マップ

東映映画『室町無頼』

俳優大泉洋さんが一揆を起こす武士役で主演する映画「室町無頼」のロケ地となり、2023年10月播州清水寺の多宝塔跡で撮影が行われました。

主に多宝塔跡とその周辺の道を使い鳥居などのセットが数日かけて組まれました。撮影には役者やスタッフなど200人以上が参加。境内で大泉さんが登場する場面などが撮影されました。大泉さんは「大きなお寺ですね」など播州清水寺の印象を話されていました。
初詣

令和7年
元日:開門6:00 閉門17:00
2日:開門8:00 閉門17:00
3日:開門8:00 閉門17:00
(大晦日は17時閉門)
※お参りは11時~15時頃が比較的混み合う時間のため、午前中がおすすめです。
甘酒進呈2,000本(根本中堂において)
元日:7:00~ 先着1,100本
2日:8:00~ 先着 600本
3日:8:00~ 先着 300本
【世界に一つ!加東遺産】次回もお楽しみに
【世界に一つ!加東遺産】シリーズ第8回では、播州清水寺と巡礼について詳しく紹介しました。
それでは、皆さんよいお年をお過ごしください。

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